囲碁の発祥起源はよく言われているように4000年前の中国です。
歴史的にとても長い囲碁は、時代によってその存在意義が変わってきました。
古代中国では占いとして使われ、昭和時代は芸術、そして現代ではスポーツ(勝負事)として見られることが多いですね。
実は日本の囲碁の歴史は1000年しかありません。中国と比べると4分の1ですね。
でも、昭和時代の日本は世界の中で囲碁がダントツに強い国でした。
4000年前から囲碁を研究していたはずの中国よりも、1000年ほどの歴史しかない日本で昭和時代に世界最強となった理由を考えてみましょう。
そして、最後に歴史から振り返って今後の日本がどのように成長していくべきなのかも考えてみましょう。
- 囲碁の発祥と起源
- 囲碁と文学の関係
- 日本の囲碁が急成長した理由
- 日本が再復活するために必要なこと
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囲碁の発祥起源は4000年前の中国
囲碁が生まれたのは4000年前の中国で行われていた「占星術」と言われています。現在見つかっている最古の碁盤は前漢時代(206BC~24AD)です。この碁盤は皇族のお墓から出土しましたが、皇族が使用したものではなく墓守たちが嗜んでいたものであるという説が有力です。
最初に行われていた囲碁ではオセロのように最初に数個石を置いた状態から始まったという説もあります。現代でも碁盤の中央を「天元」と言ったり、「碁盤は宇宙を表し、碁石という星を一つ一つ配置する」という言い方がされたりするので占星術を発症するという説はかなり信憑性が高いといえるでしょう。
どのようにして囲碁で占いをしていたのかちょっと気になりますね。
囲碁発祥の地中国で孔子と孟子が普及活動に毒舌コメント?
饱食终日,无所用心,难矣哉。不有博弈者乎!因之尤贤乎已
『腹いっぱい食べて一日中何をするでもなく何を考えるでもなく、ただぼんやりと過ごすなどということは、まともな人間ならそう簡単にできるものではない。世の中に博打や囲碁ってものがあるだろう?何もしないのなら囲碁でもやっていた方がまだましだ!』
「論語」(孔子)より
博弈好饮酒,不顾父母之养,二不孝也
『博打や囲碁を嗜(たしな)み酒を飲み、父母を養わないことは2つ目の親不孝である』
「不孝有五(5つの親不孝)」(孟子)より
などなど、春秋戦国時代には囲碁が人々に良い影響を与えるのか熱く議論されていたようですね。
ちなみに、囲碁が良い影響を与えるのかは現代でもよく議論される内容です。
この見解を脳神経科学専攻の僕の視点でまとめた記事があるので、こちらも合わせてどうぞ
日本での囲碁の発祥起源は1300年前
日本に囲碁が伝わったのは詳しくは分かっていません。636年の隋書・倭人伝には日本人は囲碁を好むという表記もあるそうで、これ以前に囲碁が伝わっていると考えられます。
日本最古の碁盤は奈良県の正倉院に納められています。「木画紫檀碁局(もくがしたんのききょく)」という名前で国家珍宝帳記載の献納宝物です。これは中国(百済?)からの贈与品である可能性が高く、日本がアジア文化の最東端であることを示す重要史料となっています。
日本で最初に「碁」が使われたのは平安時代だと言われています。特に有名な「古今和歌集」「源氏物語」「枕草子」にも当然のように囲碁が登場します。中国では孔子・孟子のような交流階層の人々は囲碁を否定していましたが、日本では囲碁は最初、貴族の遊びとして嗜まれていました。平安時代の醍醐天皇が囲碁好きだったこともあり、その後は武士・庶民の位まで囲碁が浸透するようになりました。当時の人は天皇がやっていることを真似して満足感が得られたのでしょうか。少なくとも、興味のある人間が熱中していることだったら自分のやりたくなりますよね。
まず、日本で急激に囲碁人口が増えたのは室町時代だと言われています。囲碁は、碁盤を使った遊びである石取りゲームとともに庶民の間でも大流行します。戦国時代に入ると戦いのシミュレーションとして囲碁は好まれ、武田信玄を始め多くの戦国武将は囲碁を好んでいたいという記載があります。
この時代には囲碁の強者を雇う有力者が現れ、それぞれ自分の雇用者を戦わせていたようです。この時に群を抜いて強かったのが日海(本因坊算砂)で、彼は織田信長、豊臣秀吉・徳川家康にも囲碁を教えていました。彼の影響で「古代中国では碁盤に数個石を置いた状態で対局を始めていたのが、日本でルール改定をして何もない状態から対局を始めるようになった」という説もあります。
日本で囲碁が急成長したのは江戸時代にカギがあります。
「囲碁のタイトル一覧!意外と賞金が多い棋戦はどれ?」でも紹介しましたが、江戸時代には本因坊家という囲碁の名門家系がありました。
江戸時代に最も活躍したのは本因坊家ですが、そのほかにも家系があり、彼らはライバル関係にありました。囲碁が好きな人なら「棋譜並べ」をしたことがあると思いますが、その最古の棋譜は室町時代の棋譜です。室町時代には囲碁の記録を取ることが始まり、それに伴って囲碁の研究も盛んになっていきました。囲碁の強い人が特別な地位につくという制度もかなり確立しました。
さて、そのように囲碁がだんだんと流行っていった日本ですが間も無くして世界の頂点に立つことになります。
昭和時代、世界戦が始まると日本の囲碁界は一気に全盛期を迎えます。中国から来日した伝説の棋士呉清源九段の活躍もあり、日本は世界戦連戦連勝の状態でした。
現在は中国が世界で最も強い国家、韓国の数名がそれに迫る存在として世界戦を賑わせています。残念ながら日本の棋士はすでに予選レベルでこれまで第4位に位置していた台湾にも追い抜かれるのではないかという風潮が高まっています。
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囲碁発祥の歴史から見える日本囲碁界復活の方法
先ほど紹介したように、昭和時代の日本は世界戦で優勝を重ねる常勝国でした。
しかし中国では1984年聶衛平九段が日本トッププロに11連勝した時、韓国では1994年に曹菫鉉九段が世界戦優勝した時から、たった数十年で日本との差を埋め、逆に圧倒的な差をつけているのも事実です。
これは現代の日本の棋士が昭和時代の棋士より弱くなったわけではなく、純粋に中国・韓国の囲碁教育が日本の何倍も高度で熱心なことが要因です。
プロ囲碁界のレベルの低下だけでなく、日本では囲碁ファンの減少も問題視されており、みなさんの周りでも廃業に追い込まれてしまった碁会所(囲碁クラブ)は数え切れないほどあるはずです。。古代中国から大激論が繰り広げられている「囲碁普及」には、今でも多くの人が意見を寄せています。
これに関しては中国韓国も同じで、囲碁を打つ人は少数派なことに変わりないようです。
では、平安時代から囲碁が広く普及した時の状況を整理してみましょう。
- 中国から囲碁が伝わる
- 最初は上流階級のみで流行る
- 多くの文学作品に囲碁が登場
- 醍醐天皇が囲碁を気に入り武士にまで認知される
- 有力者が囲碁の強者を優遇する
- 実質的なプロ棋士が誕生しライバル家系が戦う
- プロ組織が確立しトッププロが生まれる
囲碁普及・プロ囲碁界の復調には歴史をよく吟味して見習うこと、そしてその歴史に現代の最新技術を組み合わせることがポイントです。
囲碁が日本に伝わった時、当然ながら囲碁については何もしならなかった日本人ですが、天皇の影響、有力者の囲碁強者への優遇などによって次第に囲碁の強さを追い求めるようになりました。ライバル同士の競争や戦国武将の囲碁熱は社会的注目も集め、多くの人々が囲碁へ関心を持つきっかけになりました。
現代の囲碁界には当時は考えられなかったインターネット・AIがあります。幸いにも日本はIT先進国でこれらの技術への対応はできるものの、IT技術レベルでは中国には敵いません。
日本が世界王者へ返り咲くためにはもう一工夫必要なように感じます。
以上、「囲碁の発祥起源は4000年前の中国!歴史から見る日本囲碁界の未来」でした!
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